「5人に1人、家族に捨てられた」 ルポ・精神障害者施設 (2014年09月15日)

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 「ガシャン」。人が動くたびに金属音が鳴る。4人に1人が手や足を鎖に繋がれていた。職員に促されて、細い鉄格子で囲われた敷地内に入ると、つんとした糞尿の臭いが鼻につく。
 西ジャワ州ブカシにあり、主に寄付で運営する精神病患者施設「ヤヤサン・ガルー」では男性229人、女性76人計305人の精神障害者が暮らしている。1982年に民間の男性が、差別されていた精神障害者を自宅で治療したことがきっかけで設立された。患者のほとんどは統合失調症だ。
 「たばこはないのか」30代とみられる男性が大きな声で話した。足が柱と鎖で繋がれている。顔と身体に大きな火傷のような跡があった。その日の朝、ブカシ市内の路上にいるところを警察が保護。身元が分からず、施設への引き取りを求めてきたので受け入れた。
 施設職員のニナ・マルディアナさんは男性について「家族が手に負えなくなり、路上に置き去りにしたのだろう」と話す。「インドネシアには精神障害の知識もなく、治療環境も整っていない。攻撃的な患者の扱いに困った家族が患者を『捨てる』ことは珍しいことではない」
 7月に精神障害者の保護を義務づける精神疾患法が成立した。精神障害者が置かれた現状を報告する。

■「知識ない自宅より施設へ」
 施設の存在を知った家族がジャワ島のほか、スマトラ島、カリマンタン島からも受け入れを求めてくることも多い。引き取った後、家族と連絡が取れなくなり、自宅を尋ねたら引っ越していたということも頻繁にある。
 入所希望者は後を絶たない。収容人数は大幅に超えているが、断るわけにはいかない。
 二ナさんは「入所者の5人に1人は家族に捨てられた人。我々だけでは手に負えない。早急に社会全体で精神障害者を受け入れる環境を整備する必要がある」と話す。
 鎖で繋ぐのは、暴れれば他の入所者を傷つける恐れがあるからだ。施設では「攻撃的な人」の手と「穏やかな人」の手を鎖で繋ぐ。食事やトイレ、睡眠、散歩など四六時中パートナーと過ごすことになる。入所間もない人は柱やベッドに繋ぎ、行動を抑制するのが、ヤヤサン・ガルーの方針だ。
 施設や予算、人材の不足で、鎖で繋がなければならなかったりプライバシーが守られなかったりするなど、十分なサービスができない。
 それでもニナさんは「少なくとも、理解や知識の無い家庭よりは施設の生活の方がいい」と強調する。
 ここ数年で食事の提供や保健所の医師が定期的に訪れるようになったほか、症状が悪化した際の搬送先の病院確保など、政府の協力が得られるようになった。
 ヤヤサン・ガルーは現在敷地内に新しい建物を建設中だ。来年10月に完成予定で、個室もあり、患者を鎖で拘束する必要はなくなるという。ニナさんは施設で働くかたわら、インドネシア大で精神病患者のへの「社会支援」や、「人権的な治療」を学ぶ。
 ニナさんは「限られた施設や予算、人材の中で入所者がより人間的に暮らせるよう、努力している」と話す。  

■拘束・解放繰り返す
  東ジャカルタ・ジャティヌガラに住むハディ・スカルサさん(33)は2005年、企業で会計の仕事中、自分が何か分からなくなり、突然走り出した。
 家族は自宅にウラマー(イスラム学者)などを呼んだり、病院にも連れて行ったりしたが、効果は無く、原因は分からなかった。
 そのうち家族や友人に対して怒りが抑えられなくなり、暴力を振るうようになった。家族は耐えられなくなり、部屋の中に足を固定。「痛く、苦しく、死ぬかと思った」。変わり果てた自分を見て、母と兄は涙を流した。
 落ち着いたら拘束が解かれ、悪化したら、再び拘束するという繰り返しを続けた。精神的に参ってしまい、自由な時も外出はほとんどしなかった。「毎日寝るか、薬を飲むか、ぼーっとしているだけだった」。
 09年、精神障害者を支援する団体「インドネシア統合失調症治療コミュニティ(KPSI)」の活動に参加、診断すると統合失調症だった。症状が出なくなった今はKPSIの一員として、精神障害者やその家族に自らの経験を伝えている。

■7州に病院無し
 保健省の2013年の調べではインドネシアでは40万人、千人に1.7人が精神病を抱えている。その内5万7千人が施設や自宅で拘束されている。
 KPSIのバグース・ウトモ会長は拘束するのは治療環境が整っていないことと、精神障害についての知識不足が原因と指摘する。
 バグース会長によると、ジャカルタなど都市部では精神病院が徐々に増えてきている。ただ地方では、精神病院がある州でも、州都に一つだけなど、数が足りておらず、一つもない州も7州ある。
 通院するにしても、治療費のほか交通費や家族の手間と時間がかかる。1度の通院で治ることは無く、何度も通う必要がある。そのため、大多数の人にとってきちんと環境が整った精神病院で治療をするのは現実的でないという。
 精神障害になるのは黒魔術による呪いと信じる人もおり、医者ではなくドゥクン(祈とう師)に治療を頼む人もいる。
 「家族は精神障害の身内を恥じる。放っておけば問題を起こすかもしれない。だから鎖に繋いでおこうとなる」とバグース会長は説明する。

■まだスタート地点
 7月に成立した精神疾患法では、精神障害者を人権に配慮した方法で保護することや治療を受けさせることを保証した。精神障害者への拘束や置き去りなどの放棄、嫌がらせや、それらを人に依頼することも処罰の対象になる。
 ナフシア保健相は「知識の普及から予防、治療、リハビリまで包括的な精神疾患への対応が可能になるだろう」と期待する。ただ細則や治療環境の整備はこれからだ。
 治療へのアクセスを容易にし、ボランティアで運営されている施設と病院の連携など、改善すべき点は多くある。バグース会長は「まだ精神障害者の権利向上のスタート地点」と話した。(堀之内健史、写真も)

◇統合失調症
 幻覚や妄想が特徴的な精神疾患。薬の投与や心理的ケアを受ければ、初発患者のほぼ半数は完全な回復が期待できる。原因は分かっていないが、進学や結婚などを契機に発症することが多い。生涯のうち発症するのは人口の0.7%ほどとされている。

足を鎖で木のベッドに繋がれた精神障害者の女性=いずれも8月、西ジャワ州ブカシのヤヤサン・ガルー
足を鎖で木のベッドに繋がれた精神障害者の女性=いずれも8月、西ジャワ州ブカシのヤヤサン・ガルー
昼寝する精神障害者の女性
昼寝する精神障害者の女性

警察に保護され、施設に連れてこられた男性
警察に保護され、施設に連れてこられた男性
毎朝30分ほど、患者全員で施設の周りを散歩する。職員が付き添い、列からはみ出た患者がいると、戻るよう促す
毎朝30分ほど、患者全員で施設の周りを散歩する。職員が付き添い、列からはみ出た患者がいると、戻るよう促す

独立記念日には国旗を上げた
独立記念日には国旗を上げた
患者らが生活する場所は細い鉄格子で囲まれている
患者らが生活する場所は細い鉄格子で囲まれている

日中は施設の中でそれぞれ自由に過ごす
日中は施設の中でそれぞれ自由に過ごす
来年に新しい建物が完成するまでは仮の建物で暮らす。壁が崩れたり、穴が空いたりしている場所もある
来年に新しい建物が完成するまでは仮の建物で暮らす。壁が崩れたり、穴が空いたりしている場所もある

数カ月に1度職員がカミソリで男女問わず丸刈りにする
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パートナーと鎖に繋がれたまま食事する精神障害者
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