【火焔樹】「際」に接して‥ (2013年10月10日)

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 日本の街並みを見ていると「際(きわ)がいい」。際とは、「境目」「一番端っこの部分」「あと少しで別の物になろうとするぎりぎりの部分」のこと。
 例えば、「歩道は歩道」「車道は車道」それぞれが隅っこまできちんと舗装され、それでいて境目がよく分かる。そしてその「際」の部分が美しい。最悪な状態としか表現できないジャカルタの街の歩道と車道の関係だけに関わらず、あちこちで見られるはりぼてのような中途半端さや手際の悪さを日本ではあまり感じない。日本の大きな強みである。
 際にこだわるということをけじめをつけるという意味に置き換えると、物事をうやむやにさせないという信念、生きていく上での根っこの問題にも通じる。こう考えたとき、インドネシア語に「けじめ」という言葉が存在しないのは、インドネシア最大の弱点である。
 概念がないから言葉もないのか、言葉がないから概念が生まれないのか。だから「公と私の境目がつかず」「端っこまで気が行き届かず中途半端極まりない仕事で終わり」「もう少し努力すれば変わっていけるはずなのに途中であきらめてしまう」のか。本当にどうにかしないとインドネシアの発展など絵空事でしかありえない。 
 大変傲慢(angkuh)に聞こえるかもしれないが、弱点を知ることが最大の強みになりうるならば、「際」を大切にすることこそが、まさに今変わりつつある際に直面しているインドネシアのために一番大切なことと心底思う。
 あと30年あるかないか限られた私の時間の中で、インドネシア人としてインドネシアのために、できることをやりきりたいと、秋深まり行く日本の季節の移り際にて、自分の今後の身の振り方を考えた。(会社役員・芦田洸=ツヨシ・デワント・バックリー)

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