【貿易風】ジョコウィはロックか

 ジョコ・ウィドド(通称ジョコウィ)大統領が熱心なヘビメタのファンであることはよく知られているが、中でも激しいブルータルメタルのバンド数ではインドネシアは世界2位らしい。先ごろ出版された『デスメタル・インドネシア』(小笠原和生著、パブリブ刊)を片手に、ジョコウィの政治を考え直してみた。
 ジョコウィとプラボウォが争った2014年の大統領選挙では、音楽が重要な役割を担った。著名なロックバンドであるスランクなどがジョコウィを応援し、選挙戦最終盤には支持コンサートがテレビ中継された。海外の有数のミュージシャンたちもジョコウィ支持をツイッターで表明して、有権者に少なからぬ影響を与えた。
 プラボウォには、これも著名なロック歌手のアフマド・ダニが付いた。イギリスのクイーンの替え歌のビデオクリップが公開された。プラボウォの力強さと戦闘的なナショナリズムをかき立てたが、アフマド・ダニの服装がナチス親衛隊そっくりということで国際的な非難を受けた。
 このビデオにアフマド・ダニと共に出ていたのが、「ガザの子供たち」というメタルバンドのボーカル、フセイン・アラタス。同じくビデオに登場した歌手はみな、オーディション番組「インドネシアン・アイドル」の入賞者で、アフマド・ダニはその審査員だった。同番組を放映するテレビ局のオーナー、ハリー・タヌはプラボウォを応援し、プラボウォ自身も選挙期間中に同番組に出演している。音楽に政治とカネも見事に結びついていた。
 より興味深いのは、「ガザの子供たち」はパレスチナへの連帯を訴え、「イスラム・メタル」を自称するバンドということである。ジョコウィは12年のジャカルタ特別州知事選でも、イスラム的音楽の唱道者を敵に回した。ダンドゥットの王者ロマ・イラマである。ロマはモスクでの説法で「同じ信仰を持つ」候補への投票を呼びかけ、これが宗教差別だとして問題視された。
 ナチス風のビデオクリップにしろ、ロマの発言にしろ、反ジョコウィ陣営の排他的イメージと共鳴した。ジョコウィがイスラム的ではない、というネガティブ・キャンペーンも横行した。翻ってジョコウィ側の寛容さを照らし出していた。ヘビメタも、ジョコウィが既存の政治家とは違うというイメージ作りに一役買った。
 たしかに現政権では、ユドヨノ大統領時代のように、政権周辺に急進派が圧力をかけて、宗教的に保守的な政策がとられることはないだろう。
 ただ、ジョコウィの寛容さは、あるいはインドネシアの寛容さは、われわれも多くを共有している西洋的な人権感覚とは異なる。
 大半が外国人の麻薬密売犯の一斉死刑執行はことしも実施される見込みである。麻薬が原因の死者数を考えれば、見せしめは必要である、こうした論理をイスラム指導者も口にする。
 死刑執行はジョコウィを支持した市民社会の一部を失望させるが、政治的なマイナスは少ない。
 ジョコウィは、ユドヨノが気を遣った国際的な体裁にはほとんど関心がない。「麻薬との闘い」も、「中国の脅威」に対抗するナトゥナ海域の開発も、なかなか経済が好転しないなか、大衆的な支持をつなぎとめる国内向けのパフォーマンスとみるべきだろう。そこには「ロック魂」よりも冷徹な政治家としてのジョコウィの姿がある。(見市建=岩手県立大学総合政策学部准教授)

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