【ジャカルタFOCUS】劣悪な売春現場働く女たちの声なき声 「捨てられた街」で生きる 合法化政策も必要か (2014年08月11日)

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 全国的な売春摘発の流れの中で、線路脇の売春街ボンカラン(中央ジャカルタ・タナアバン)もその歴史に幕を閉じた。売春が法的にグレーゾーンにあるせいで、売春婦は劣悪な環境で働くことを強いられる。社会には売春はまん延しており、むしろ売春を合法化し、管理を強める方が現実的な方策と言える。

▽31歳の売春婦

 売春婦のユリさん(仮名、31)はインタビューの間「エージェン」が聞き耳を立てるのを恐れた。エージェンはプレマン(チンピラ)で、警備や仲介を名目に売春婦の稼ぎから上前をはねる人たちだ。「あそこにいる人は盗みを働いて最近刑務所から出てきたばかりだ」と遠くの男性をあごで指す。男性は上半身裸で体中に刺青が入り、いかめしい装飾具を付ける。「いかにも」の人物だ。
 ユリさんは今の仕事にうんざりしているが、中卒でそのまま売春婦になったため、他の職に就く選択肢はない。20代前半にプガメン(流しの楽隊)の男性と結婚し2人の子どもを産んだ。だが、男性はやがて他の女性の元に去った。子どもは西ジャワ州ボゴールの親元に預けた。ボンカランで働き始めたのが2003年、すでに11年が経っている。「ボゴールに帰ってほとぼりが冷めたら、どこかほかで、同じ商売をしたい」。
 ユリさんは中年女性3人と線路の真横、2メートル四方の狭い家にすし詰めで住んでいる。橋の下にベニヤ板を荒々しくつなぎ合わせただけのあばら屋だ。壁は岩のようにぼこぼこし、電車が家の1メートル横を通り抜ける。

▽「ぴんはね」7割
 ボンカランに入るには「秘密の入り口」が3つある。橋のたもとに取りつけられたはしご、配水管を支えるコンクリート構造の円菅、ごみ捨て場の裏のフェンスだ。夜になると入場料2千ルピアがかかり、エージェンがその近くにたむろした。
 エージェンの「ぴんはね」は常軌を逸している。「最底辺の売春街」のボンカランでは、接客料は最高で1回20万ルピア、交渉次第で5万〜10万ルピアまで下がる。その少ない収入の中から、エージェンが上前をはねる。ユリさんは接客料15万ルピアから、7割近い10万ルピアを持っていかれると話した。
 このシステムは個室で接客する「売春ホテル」でも同じだ。中央ジャカルタの売春ホテルAでは、客は店に対し35万ルピアの接客料を払うが、女性は8万ルピアしか受け取れない。店側が78%、女性が22%の取り分だ。女性は売春斡旋業者から金を借りている場合が多く、不利な条件も飲むしかない。女性は借金の額に応じて接客回数を斡旋業者と契約しており、その回数を超えると、売春ホテルで働く義務から解放される。女性の中には違法薬物に手を出したり、美容整形を試みたりするせいで、借金返済を滞らせる人もいる。
 しかも、ボンカランは生活環境が悪い。バーで酒やたばこを売るラミナさん(仮名、79)らによると、住人の大半は線路の脇で寝起きしている。地区内で清潔な水を供給するのは1本の蛇口しかない。その1本に人々が群がり、電車が通る傍らで裸で行水することもある。飲み水は蛇口の水を自力で煮沸する。接客用の掘っ立て小屋にはおけにくまれた濁った水しか置かれていない。トイレは隣を流れる川の上に竹で組まれ、排せつ物は川に落ちる。使用料2千ルピア。あばら屋やテントで寝起きする生活は野宿とあまり変わらない。

▽グレーゾーンの弊害
 エージェンや売春斡旋業者が得た利益はプレマンに上がり、警察、国軍、地方公務員らに分けられるという説もあるようだ。違法であることが売春業にかかる費用を押し上げ、既得権益ができ、管理は届かず、労働環境は劣悪になる。むしろ売春を合法化し、管理を厳しくする方が、働く女性の待遇も上がり衛生上のリスクも軽減できる。売春を一部合法化したシンガポールが好例だ。もちろん、合法化には宗教上、倫理上の大反発が予想できる。だが、ジャカルタ特別州だけでなく、全国でたくさんの売春エリアが存在しているのが実情だ。もし、劣悪な労働環境が変わらなければ、東ジャワ州スラバヤでの東南アジア最大級の売春街ドリー閉鎖やジャカルタでのディスコ「スタディウム」閉鎖のような事態を免れられない。

▽インドラマユが多い
 売春婦は西ジャワ州インドラマユ出身者が多数派だ。この西ジャワの貧しい地域と全国各地の売春街を結ぶシンジケートが存在し、女性を「流通」させている。中央ジャカルタのホテルで働くインドラマユ出身の女性(21)は「農家の5人きょうだいの末っ子。口減らしのため、両親が私を600万ルピア(約5万4千円)でシンジケートに売った」と話した。彼女は接客数のノルマ250回をクリアしない限りは売春婦をやめられないという取り決めを「ボス」としている。が稼いだ金はすぐに使ってしまう。
 またインドラマユ出身者は売春婦以外の流入者としても存在感が大きい。ボンカランで売春以外で働く女性の大半も「ダリ・インドラマユ(インドラマユ出身)」だ。ユリさんの同居人、サリさん(仮名、51)は5カ月前、インドラマユからボンカランに移り、露店バーの手伝いをしている。日当は2万5千ルピア(約220円)、月の収入は75万ルピア前後だ。州の最低賃金240万ルピアの3分の1だ。
 だが、これでも仕方がない。故郷にいるときは日雇い農作業者で日当は1万5千ルピアだった。自分の田畑を持たず、繁忙期を過ぎると田畑を持つ農家は仕事を頼まない。報酬が少ないだけでなく日雇いの身分。固定収入がない。
 ジャワの農村では似たことが起きているという。親が田畑をたくさんの子どもに等分に分け与える慣習のせいで、代を重ねるごとに世帯あたりの農地が小さくなる。「最後には何もなくなる」と、日雇い農作業者は都会に活路を見い出すかしかない。だが、都会は教育や縁故を持たない人々には、とても厳しい場所だ。
 サリさんには子どもが5人いて、一番下はまだ9歳、小学生4年生だ。夫は他の女性と結婚したため、彼女が育てなければならないが、故郷への仕送りは事実上不可能。弟の家に引き取られて以来ずっと会っていない。故郷に帰る切符代もひねり出せない。
 79歳のラミナさんは線路脇から追い出され、隣接するごみ収集リヤカーが置かれる空き地で野宿を始めた。「故郷? そんなものないね。これからも線路の横で寝起きするんだ。ここには故郷が『ない』人がたくさんいるんだ」と吐き捨てた。

▽ごみで生計を立てる
 ボンカランの南には同じインドラマユ出身者が多数を占める廃品回収者の集落がある。リサイクル品を利用した家屋には700人の廃品回収者とその家族がいたという。州政府は8日ショベルカーで早急の集落撤去に踏み切ったが、廃品回収者は大反発して電車に投石し、引き返させた。住民は家を自ら解体し、中古の建材として売ったり、次の住居に使用したりしたかった。その証拠にぼろぼろの建材でいっぱいになったリヤカーが線路の横にずらりと並んだ。
 線路の隣の河川にも廃品回収者の集落がある。強制撤去により、線路から移る人が増えた。堤防の内側にある集落では、人々は白く濁った川で水浴し、家の床を高くして国鉄から電気を拝借した。麻袋を積み上げ、金にならないごみを常に燃やしている。ここでは、友人や家族のつてで行き場を失った人々が集まり、廃品回収者になるそうだ。州清掃職員のスヨノさん(55)は「隣の住宅街に住んでいることにして、住民登録証を発給している」と話した。
 廃品回収者のブディさん(53)も「移民」の1人だ。皿、スプーン、タッパ、ペットボトルなどのプラスティック製品でいっぱいになった麻袋を背負い、先端がかぎ状になった鉄棒を器用に使いながら、街を歩き回る。
 1日の収入は2万〜4万ルピア、月で100万ルピア前後に過ぎず、一日でも仕事を休むと破産しかねない。「ジャカルタの借家は最低月40〜50万ルピアする。それを払えないから、線路の横に住んでいたんだ」。ブディさんも20代前半、借家の家賃を払えなくなり、友人のつてで線路脇に移った。
 ブディさんは、自分と同じ境遇にならないようにと期待を託す子どもの教育が、途絶えるかもしれない、と不安を感じている。「ジョコウィ知事は高校まで無料にしたが、実際にはさまざまなお金がかかる。住む所を失い、教育費を捻出できなくなりそうだ」。

▽大統領選の影響も
 ボンカランの撤去は、大統領選での改革派勢力がスハルト回帰勢力を退けた政治のせめぎ合いともかかわる。タナアバンの長老、ウチュ氏とのインタビュー(2013年8月)によると、凶悪さで知られたプレマン、ヘルクレスが1996年までボンカランを支配した。ヘルクレスは大統領候補だったプラボウォ元陸軍戦略予備軍司令官の子分だった。プラボウォ氏が数々の秘密工作を展開した東ティモールから連れてきた元インドネシア併合派民兵だ。
 96年、スティヨソ陸軍ジャカルタ軍管区司令官(当時、後に州知事)と懇意にするウチュ氏がヘルクレスを追い出した。スティヨソ氏はスハルト政権末期に改革派と目されたメガワティ氏を担ぐ動きに加わり、メガワティ政権では入閣のうわさもあった。
 ウチュ後継のルルン・ジャカルタ特別州議会副議長は、イスラム右派の開発統一党(PPP)に根を張り、州知事選でジョコウィ―アホック組に激しく宗教・人種に基づく誹謗(ひぼう)中傷をし、議会内外で、知事の施策に反発してきた。大統領選でもプラボウォ氏を熱烈に支持し、ジョコウィ氏に対して同様の中傷を繰り広げた。
 ジョコウィ氏はルルン氏とのせめぎ合いのなかで、昨年はタナアバンの路上を埋め尽くした露天商を立ち退かせ、今年はボンカランを撤去した。プラボウォ氏を支持する守旧派の利権を改革派のジョコウィ氏が攻撃している構図だ。公権力同士の争いの中に根を張ったインフォーマルな権力が見え隠れする。(吉田拓史、写真も)

ボンカラン 中央ジャカルタ・タナアバンの国鉄線路脇の売春街。露天バー、露天ダンドゥットカフェ、掘っ立て小屋の「ホテル」が並び、夜になると売春婦が立つ。数限りない強制撤去にあったため「ボンカラン(撤去)」と呼ばれる。

西ジャワ州インドラマユ県 ジャカルタの東約200キロ、ジャワ北岸道(パントゥラ)上に位置する県。農村地帯だが、土地がやせており住民が都市部に流出することで知られる。

州警備隊らが破壊した、廃品回収者が住んでいた線路脇の住宅。奥にタムリン通りの高層ビル街も見える
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プラスチックごみを入れた麻袋の山の上で遊ぶ、廃品回収暮らしの子どもたち
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配水管を支えるコンクリート構造の円菅を伝う、ボンカランへの秘密の入口
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大衆音楽ダンドゥッドをかける露天ディスコを運営していたサリファさん(54)一家。移る場所が見つからず、ディスコが撤去された跡の場所で寝起きしている。
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露天バーで出会った男女が使う掘っ立て小屋。屋根はビニールシート、壁は数ミリのベニヤ板でできている
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