【ポスト・ユドヨノ時代を読む】インドネシアンドリームの日 誹謗中傷を戸別訪問で挽回

 7月9日の大統領選はインドネシアにとって歴史的なものとなった。それは98年5月のスハルト退陣に次ぐものである。ひとことで言えば、軍人でも富裕層でもなく、庶民出の人が初めて大統領に選ばれたということである。ジョコウィ氏は、直接首長選挙がスタートした05年にソロ市長に当選。ジャカルタ州知事を経て大統領である。いわば民主化時代の申し子であり、新しいタイプのリーダーである。一般庶民でも大統領になれる。7月9日はインドネシアン・ドリームが生まれた日となった。

■州・県知事を押さえた プラボウォ陣営 
 反対に、プラボウォ氏はスハルト時代の残滓(ざんし)である。陣営には既得権益を死守し、政治エリートの論理で談合的な国家運営を続けたい勢力が取り巻いている。ユドヨノ大統領が率いる民主党も加わって7党の大連合を形成する。傘下に5つのテレビ局を擁し、資金力も抜群。また全国の州・県知事の大多数が、この7党の支援を受けている。こういう政治インフラが、選挙キャンペーンで猛威をふるった。2週間で急速にプラボウォ氏の支持率を上昇させたのだ。
 何が効いたのか。まずネガティブキャンペーンによる誹謗中傷で、ジョコウィ支持率を落とすことに成功した。プラボウォ陣営は、ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)を駆使してジョコウィ攻撃を繰り広げ、SNSを使わない村々にはタブロイド紙をばらまいた。その上で、5つのテレビ局は、プラボウォに強い意志と「決める力」があり、ナショナリストで「燃える闘魂」に溢れているというイメージを植え付けた。プラボウォ氏のグリンドラ党も、各支部がせっせと地域住民にジョコウィの批判、悪口を吹き込んでいた。怠けているのが発覚すると、党本部から破門が宣告されるから一生懸命やる。運動資金も中央から潤沢に投下された。

■女性ボランティアの力 ジョコウィ陣営
 こういう攻勢にジョコウィ陣営は、頼りの闘争民主党が、末端で動かなかった。大統領選は自分の利害にあまり関係ないと思っている地方党幹部が多く、誹謗中傷を末端でブロックする努力を怠った。そのため、ジョコウィ氏自身が遊説先で誹謗中傷を否定することに追われ、フレッシュなアピールに乏しくなった。遊説スケジュールを過密にしすぎて、予定の場所に来ないということも起こり、待ちぼうけした人々のジョコウィ離れも進んだ。
 6月末には両者の支持率はほぼ拮抗したが、ここから奇跡の巻き返しが起こった。焦ったジョコウィ陣営は、党に頼るのではなく、これまで真剣に支えてくれたボランティアの運動に最後の望みを託した。7月の第一週、彼らは各地で怒濤の戸別訪問を行い、ジョコウィ氏の魅力を訴え、誹謗中傷を否定し、福祉政策や雇用政策を分かりやすく売り込んだ。7月5日の大規模コンサートも、ボランティアの力で多数のアーティストの参加が可能になり、大きなアピールとなった。
 これで4月からずっと下降してきた支持率が再上昇した。このミラクルの一番の貢献者はボランティアである。特に女性のボランティアが運動をリードし、ジョコウィを救った。ここでも「新しい風」が政治を変えようとしている。この勢いで陣営は投票日に突入した。そしてインドネシアン・ドリームが生まれた。
 だがまだ安心できない。プラボウォ陣営は信頼度ゼロに近い調査機関に開票速報をやらせた。当然プラボウォ優勢が示される。これによって信頼できる開票速報にクレームをつけ、勝負は総選挙委員会の発表まで分からないという話になる。こういう手法は民主主義の根幹を侵害している。
 彼らは総力で選挙委員会(KPU)の票集計作業に介入し、全国各地で地元KPU委員に様々な働きかけを行う可能性がある。集票結果が、投票所の実際の数字と合わなくなってくることが予想される。獲得票をどこまで守るか。ジョコウィ陣営の本当の勝負はここで決まる。(本名純・立命館大学国際関係学部教授)

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