夢と哀しみのスディルマン通り ドキュメンタリー映画 「JALANAN」 (2014年04月19日)

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 このドキュメンタリーの主人公は、ストリート・ミュージシャンである。といっても、彼らは街頭で歌うだけでない。バスや列車に乗りこんで熱唱する。ジャカルタ随一のスディルマン通りを根城にする三人の男女、ボニ、ホーとティティ。映画は5年間に渡って、彼らが生きたそれぞれの軌跡を記録し、その夢と哀しみを伝える。
 ボニは、スディルマン通りに架かる橋の下で、ホームレスな生活をしている。子どもの頃からの路上生活者だ。貧しさゆえに苦労に苦労を重ねている母の背中を見て、自分も働こうと子どもながらに決意した。以来、スディルマン通りの路上で小銭稼ぎをするようになった。学校に行けと母は言うが、母だけに重荷を背負わせることはできないと進学をあきらめた。いつしかギターの弾き語りを覚え、今はそれで生活している。
 ボニを「ホームレス」というのは正確でない。橋の下の暗がりにもちゃんとホームがあり、市の上水道から漏れている水を「拝借」しパイプに通して、歯を磨いたり、洗濯をしたりしている。いわばかけ流し上水道の流れる先には、ちゃんとバスタブもあって水浴びもできる。「路上生活で大事なのは、水を確保することだ。この生活を長続きさせる秘訣は、常に身体を清潔にしておくことなんだよ」と語る彼の頭上に、ハイヤット・リージェンシーの文字が掲げられているのには、笑ってしまった。随所に現れるユーモアが、この映画の魅力であり、ジャカルタ庶民の魅力でもある。
 ボニの仲間ホーは、「オレ様は芸術家なのだ」といつも周りに胸を張っている。とはいえ懐具合はお寒い。時に食を抜いたりして、腹ペコ状態が慢性的なのである。にもかかわらず歌い始めると、そのソウルフルな歌声は彼の生命力を反映しているかのように力強い。モテたい願望強く、まめに女性に声をかけているが、日頃の酔狂な暮らしぶりから推して知るべし。
 女性の主人公ティティは実にしっかりと自分を見つめている。彼女は、農村の停滞から逃れるために、引きとめる両親の手をふりはらうようにしてジャカルタに出てきた。生きるためにストリート・ミュージシャンになったのである。やがて結婚、三度の出産、そして離婚を経験。子供の養育費を稼ぐために、再び路上で歌うようになった。しかし今のままでよいと彼女は考えていない。「よりよい仕事に就くためには学歴が必要。もっと自分を磨かないといけない」と思うのである。
 そして5年の歳月は、彼らそれぞれに人生の決断を迫る。ボニの根城では洪水対策工事が始まり、彼は市当局から立ち退きを求められる。ホーは、子連れ未亡人と知り合い、結婚を申し込む。結婚とは無縁と思われたホーが所帯をもつことになったのである。ティティは高校卒業資格を得るため学校に通い始め悪戦苦闘の結果、見事資格を得て、涙の卒業式を迎える。
 このドキュメンタリー映画は、ジャカルタという巨大都市をより深く理解するための格好の教材である。映像を通してインドネシアの今が見えてくる。
 重い現実を提示する映画を観終わった後に、爽快な気持ちになった。というのもカナダ人ダニエル・ズィブ監督が、貧しいストリート・ミュージシャンたちに対して、憐憫ではなく、精一杯生きている人たちへの共感という視点からカメラを回しているからだ。大柄のカナダ人が背中を丸めて、彼らの本音にうんうんと相槌をうち、その生き様に心から敬意を表している姿が目に浮かんでくる。どちらも清々しい。
 双方向交流をキーワードに国際交流基金アジアセンターの活動が今月から始まる。スディルマン通りを走るバスで熱唱を終えたホーが、乗客に向かって放った声をいつか日本の人びとにも届けたい。
 「ヘーイ、兄弟!一生懸命、生きてるかいっ?」   
(国際交流基金東南アジア総局長、小川忠)

映画の一場面=『jalanan(ジャラナン)』公式サイトより
映画の一場面=『jalanan(ジャラナン)』公式サイトより
映画のポスター=『jalanan』公式サイトより
映画のポスター=『jalanan』公式サイトより

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