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2005年6月27日 じゃかるた新聞掲載

地震・津波から半年(上)

進まぬ復興作業 25万人がテント暮らし
 遅れる政府の支援

 インドネシアだけで死者・行方不明者十六万八千人以上と未曾有(みぞう)の被害を出したスマトラ沖地震と津波の発生から二十六日で半年が過ぎた。大規模な国際社会の支援にも関わらず、最大の被災地アチェ州での復興作業は遅れが目立つ。今も二十五万人が仮設住宅にも入れず、不自由なテントでの避難生活を余儀なくされている。

 政府によると、アチェ州では十三万一千人が死亡し、三万七千人が行方不明となったままだ。
 州都バンダアチェ市内は、津波の直撃を受けた地域とそうでない地域の格差が際立っている。被害が少なかった地域では商店が営業を再開し市場もにぎわっているが、沿岸の被災地にはがれきが横たわるなど生々しいつめ跡が残る。
 避難民は依然五十万人を超え、半分の二十五万人が老朽化したテントでの生活から抜け出せないまま。十五万人が仮設住宅に入居、残りは親せき宅などに身を寄せている。
 同州では十一万七千戸の住居が全壊した。十数万戸の恒久住宅の再建が必要とされるが、完成したのは千数百戸。最優先課題である住宅建設など復興作業が本格化するのはこれからだ。
仮設住宅を建てる作業員(バンダアチェ市)
仮設住宅を建てる作業員(バンダアチェ市)

■契約は7件3億3000万円

 日本政府は一月下旬、緊急無償支援としてインドネシア政府に百四十六億円を支払ったが、これまで入札を経て契約に至ったのは七件で総額約三億三千万円。
 「中央政府の掛け声はあるが、現場の対応はあまり早くない」(在インドネシア日本大使館)ため、計画立案などが進まず資金はほとんど使われていない。
 アチェ州全体の公務員の一割近い約六千人が死亡したため、地元行政の機能が回復していないほか、ユドヨノ政権が汚職を恐れて国際社会が拠出した支援金の運用に慎重を期していることも影響しているという。

■3割超える失業率

 一方で、復興を支えるはずの州公務員の「危機意識の低さ」が地元では批判の的となっている。出勤率は平均六割以下。六月二十二日付地元紙スランビ・インドネシアは、職場でだらだらと時間をつぶす役人を皮肉った風刺マンガを掲載した。
 地元非政府組織(NGO)「アチェ復興フォーラム」のジュリテン・プリバディ氏は「復興プロセスは大幅に遅れている」と語る。
 「地元行政の動きがあまりにも鈍いため、NGOや援助機関が勝手に住宅建設などを始めているのが実状だ」
 失業問題も深刻。国際労働機関(ILO)によると、漁業や農業などに従事していた約六十万人が仕事を失い、失業率は三割以上。「四割から六割に達するのでは」(援助機関関係者)との見方もある。
 ILOが開設した職業紹介センターには、これまで三万五千人以上が登録したが、仕事が見つかったのは約七百人。それも外国NGOの運転手や通訳など一時的な職が大半だ。

■国際機関が頼り

 「単に家や道路を作れば済むわけではない。ジャワ島のような集合住宅に被災者を押し込めば、伝統的なアチェのコミュニティーは崩壊する」
 国際移住機関(IOM)アチェ事務所のポール・ディロン氏は、復興の遅れを指摘する声に「目に見える形の復興作業だけでなく、生活基盤の再建にも取り組まなければならない」と反論する。
 ただ、政府の対応は後手へ回っている。三月末に緊急支援の段階が終了して復旧・復興へと移行したが、大統領直轄の復興機関であるアチェ・ニアス復興再建庁が発足したのは四月末になってからだった。
 当初、職員数は百数十人を予定していたが、就任したのは約三十人と手薄。各省庁との間で権限を巡る縄張り争いも指摘される。
 復興費として補正予算に盛り込んだ約八兆ルピア(約一千億円)も、六月上旬に国会で承認されたばかりで、実際に使えるようになるのは早くて来月以降。
 被災者は一刻も早い生活の再建を望んでいるが、政府の支援体制は十分に機能しておらず、復興作業は国連など国際機関頼みとなっているのが現状だ。



つづく


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