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2004年11月1日 じゃかるた新聞掲載

西博士が語る火山大国インドネシア(5)
噴火直前なぜ撮影 京大の博士らを歓迎?

 第三回(前々回)「悲劇はなぜ起きた─ブロモ火山の噴火」の記事の写真説明は、筆者が噴火後、わずか九分後の状況を撮影したとなっています。
 じゃかるた新聞の読者やバンドン在住の知人から「どうして噴火後九分の状況を撮影できたのだろう。噴火を予知して先回りして待っていたのですか」と問い合わせが寄せられました。以下はそのときの状況です。
 私はJICAのシルバーエキスパートとして、今年五月、バンドンの火山局で活動を始めました。火山性地震観測に関して指導と助言を行っています。
 六月にブロモ火山を訪れた時も、私の目的は火山局が計画しているスメル火山観測所を中心としたジャワ東部地域センターに関する基礎調査のためでした。一行には、京都大学と火山局との間で結ばれている研究協定に基づいて、インドネシアに来ていた京都大学防災研究所のI博士も加わっていました。
 六月八日の朝、スメル火山観測所を出発し、ラモンガン火山観測所を経由して、午後二時すぎにブロモ火山観測所に着きました。この二つの観測所は東部地域センターに属しています。
 観測所に着く二百─三百メートル手前にブロモ火山が良く見える場所があります。カルデラ内には、京都の銀閣寺の庭園・向月台を思わせる台形のバトク山と、その南隣で濃い白色の水蒸気を上げているブロモ山が見えました。
 観測所に着くと、観測員が一週間ほど前からテレメータの調子が悪く、ノイズが多いと火山局スタッフに訴えていました。
 観測員は、太陽電池はまだ新しいので電源電圧の低下ではないと強調していました。観測所員と火山局スタッフが打ち合わせを始めた間に、私はブロモを見るため観測所から百メートルほど離れたカルデラ縁の北西に移動しました。ブロモ山は相変わらず濃い白色の水蒸気を上げていました。
 観測所に戻ると、点検のために観測所員の一人が地震計地点に向かったことを知りました。地震計室に入り記録を見ていると、しばらくして背後で声がしました。顔を上げると地震計室の窓越しに、もくもくと噴煙が上がっているのが見えました。急いでカメラを持ち、再びカルデラ縁に向かって走りました。
 二、三キロ先では、先ほどの白色噴煙と打って変わって暗灰色の噴煙が勢いよく昇っていました。
 気がつくとスメル火山も小噴火をしているのが見えました。何枚か写真を撮った後、デジタルカメラをビデオモードに切り替え撮影しました。
 この映像はNHKの「おはよう日本」でも放映されましたが、学術的には噴煙の上昇速度の研究資料となり使用されています。
 噴火は二十分ほどで収まりました。犠牲者が出たことを知らない段階では、日本から火山学者が二人来ていたので、「スラマット・ダタン噴火でしょう」などといった冗談も出ました。
 JICAのシルバーエキスパートとして火山局に配属された後、わずか一カ月で、この噴火に遭遇した貴重な経験を契機に、火山の災害をできるだけ減らす研究を通じ、この国に貢献できればとの思いを新たにしました。
 〈注〉スメル火山はブロモ火山の南方十八キロにあり標高三六七六メートル。ジャワ島の最高峰で火山活動も活発。


つづく


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