繊細な手描きと品質の高いシルクのバティックで知られるバティック・ブランド「ビンハウス」は、日本やシンガポールなど海外にも進出し、高い評価を受けている。世界の人々を魅了する優れた布を生み出す創造力はどこから来るのか。オーナーのジョセフィーヌ・ウェラティ・コマラさんにインタビューした。
メンテンの住宅街の一角に「ビンハウス」の本店はある。看板はなく、一見すると普通の家のようだ。それほど広くはない店内に、色とりどりのバティックや服が並べられている。平日の昼間でも客が途切れることなく訪れる。
 |
赤と白をテーマにした新作デザイン
|
ビンハウス・オーナーのコマラさん(四八)は十七歳で骨董商の夫と結婚し、インドネシアの古い布の素晴らしさに出会った。
しかし、布制作の技術が廃れかけていることを知る。技術を守りたいという強い思いから、一九八四年、自宅でもある今の場所でビンハウスを始めた。
■好奇心が強い子だった
「デザインはどこで勉強したの? 先生はだれですか? と、皆が不思議がる。どうも私が学校へ行ったり、先生についてないと納得しないみたいね」とコマラさんはほほ笑む。
「例えば通りを歩いている人がいる。この人はいったいどんな人なの? 公園を歩いていると花が目に入る。なぜこんなに美しい色なの? 私は子供のころからとても好奇心が強いの。普通の人が気にしないようなことを不思議に思う。知りたいと思う。そういうことから勉強しました」
また、各地に赴き、バティック職人から廃れかけた技法を学び、ビンハウスの布に取り入れていった。
ビンハウスでは年に一度、新作を発表するショーを開く。昨年十月、ジャカルタ・コンベンションセンターで行われたショーのテーマは、「MATA・HATI」(心の深いところで見る)だった。
新作二百点が発表され、メガワティ大統領をはじめ、ビンハウスファン約千人が観賞した。ショーは、布をまとったモデルが曲に合わせて踊ったり、芝居のような場面も織り込まれた斬新なものだった。
■自然から暗示を得る
「マタハティとは心の奥深くで感じることができるもののこと。ショーで使った布、音楽、モデルの動き、会場に準備した食事などは、頭で考え出したものではなく、すべて私のマタハティから自然と出たものです」とコマラさんは説明する。
 |
笑顔で質問に答えるコマラさん
|
「デザインも頭で考えるのではなく、インスピレーションが湧けば、どこにいても取りかかる。朝起きたら家の外に出て、庭を眺める。朝も昼も夕方も光の色は違う。また、海辺に行って水や光を眺めていると、インスピレーションが湧く。空、木、葉など自然から得ることが多い」
インスピレーションを得るため、二カ月くらい誰とも会わずに過ごすこともあるそうだ。
■大切なのは生活
バティック作りで一番大切なことは何かと尋ねると、「布を作るのに大切なのはセンス。センスは生活から生まれる。だから一番大切なのは生活です。本を読む、音楽を聞く、散歩する。そして、周りと深く関わること。そうしたことすべてから布は生まれます」という答えが返ってきた。
「ところで、あなたはビンハウスにどのようなイメージを持っていますか」とコマラさんが逆に聞いてきた。「バティック・ブランド? いえ、デザインや染色などバティックそのものを作る工程は、実は、全体の二〇%だけなのです。糸を紡いだり、布を織ったりする手作りの行程がはるかに長いのです。ビンハウスは布を創り出すが、工場とは言いたくない。ワークショップと呼びたい。工場は、与えられた作業をするだけだけど、ワークショップはもっと自発的にセンスを使って仕事をする場所。ビンハウスの職人は、そんな風に仕事をしています」。
コマラさんがビンハウスを始めた当初、従業員はわずか数人だったが、今では三千人に増えた。親子の世代にわたって働いている人もいる。コマラさんはビンハウスで仕事をする職人を「チーム・ビン」と親しみを込めて呼ぶ。
■今やりたいことをやる
ビンハウスは、日本やシンガポールにも進出し、「チタ」や「パキス」など若い世代向けの新しいブランドも作り、活動の幅をどんどん広げている。
ここまで成功したことを、どのように考えているのだろうか。
コマラさんは「何も思いません」ときっぱり。「未来のことは分からないから一切考えない。今やりたいことを精一杯やってみるだけ。私はとにかく布が好き。写真を撮ることとか、ほかにも好きなことはたくさんあるけど、今は布のことを一番にやるだけ」。
腰まで伸ばした長い髪。ショーの時も、店の中でも爪に赤い色を塗った素足で歩き回る。微笑みを絶やさず、穏やかな口調で質問に答える。
 |
斬新なモデルの動きはコマラさんの「マタハティ」から出たもの
|
時々宙を仰ぎ、言葉が見つかるのを待つ。その口から出る言葉は、とても詩的だ。ビジネスを成功させた女性起業家という印象は受けない。あなたはビジネスマンなのか、アーティストなのかと尋ねると「私をどう見るかは、皆さんにおまかせします」とほほ笑んだ。
■現代的な存在に蘇る
バティックの将来をどう考えるのだろうか。コマラさんは自分がデザインした布を手に取って語り掛ける。
「パダン料理のルンダンは野菜を大きく切っても小さく切っても、手で食べてもスプーンで食べても、ルンダンに変わりはないでしょう? バティックも同じ。例えば、この布は伝統的なモチーフを使っているけれど、布の質感は新しいでしょう。私には伝統を守る責務がある。しかし、私は現代に生きる人間なので、私が作る布は自然と新しいものになる。それでもバティックに違いはないのです」
コマラさんの作る斬新な布は、伝統の形をそのまま守りたいという人から批判されることがある。しかし、ビンハウスには若い人や外国人が大勢訪れており、広い層に受け入れられている。
コマラさんはインドネシアの伝統技術を守りつつ、新しい発想を取り入れ、バティックを現代的な存在に蘇らせた。
ビンハウスは、食器や家具の店も準備中だ。コマラさんの世界がどのように広がるのか。今後の活動が楽しみだ。