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2001年2月6日のトップニュース
東ティモールで国造り支援
顔を見せ、汗を流す日本人
厳しい現実の狭間で
まだ少ない国際派
二十一世紀最初の新国家となる東ティモールで、日本人の国連、非政府組織(NGO)関係者が「ゼロからの国造り」に汗を流している。日本の国際貢献というと、とかく「カネだけ出して顔が見えない」「NGOは実力不足」と酷評されがち。東ティモールでも人数こそ四十人ほどと少ないが、一人一人は日本人という枠にとらわれず、厳しい状況に全力で立ち向かっている。
東ティモールの南西部、インドネシア領に接するコバリマ県。国連東ティモール暫定統治機構(UNTAET)の伊勢崎賢治さん(四三)=東京都出身=は、上級民政官として、昨年三月から同県知事を務めている。
民政官六十人、文民警官四十人、平和維持軍(PKF)千五百人を統括し、プレハブの執務室には、さまざまな国籍の職員がひっきりなしに出入りする。
■法秩序回復を急ぐ県知事
「ここは一昨年八月の住民投票後の騒乱で、最も激しく破壊された地域。昨年七、八月には越境してきた併合維持派民兵との交戦で、PKF兵士二人が死亡するなど、依然として緊張が続いており、『コバリマを見れば東ティモールがわかる』と言われているくらいです」。
最優先課題は「法と秩序」の回復だが、警察・司法が未整備なため、重罪を犯した民兵を釈放せざるを得ないケースもあった。「厳罰を下せないまま、独立派住民を説得して和解を進めなければならない大きな矛盾があります」と、難しい現状を語る。
■きれい事でない国造り
開発専門家としてアフリカに十年間滞在した「野戦派」、紛争と復興・開発の現実を目の当たりにしてきた。東ティモールでは現地指導部の汚職体質、援助国の露骨な思惑などが錯綜しており、「インドネシアを非難するだけの感情論、善悪論で独立支持を叫んできた人々は、きれい事では済まない国家建設という現実的作業には、何ら寄与できないでしょう」と、厳しい見方を示す。
■毎日が異文化との闘い
独自の行政機構を持たない東ティモールでは、NGOの役割も大きい。国際NGO「ワールド・ビジョン・ジャパン」の一宮尚美さん(三四)=山梨県出身=は、山岳部アイレウ県で九カ所の診療所を運営している。
「施設がすべて破壊され、インドネシア人医師や看護婦がいなくなった状況からのスタート。資材や医薬品を一方的に与えるだけではなく、地元スタッフを養成し、住民自身に自主性を持ってもらうよう気を付けています。ようやくその手ごたえが出てきました」と笑顔を見せる。
海外でのNGO活動は初めて。「アフリカなど貧国からのPKF兵士ほど住民に対してごう慢なのを知ったり、欧米人スタッフとやり合ったり、毎日がまさに異文化との闘い。でも楽しくやってますよ」と、あくまでも前向きだ。
■沖縄での経験を思う
ディリに駐在するUNTAET補佐官、新垣尚子さん(三一)は、「東ティモール人がアイデンティティーを模索する姿は、私が生まれた沖縄に似ている気がします」と語る。
東ティモール新国家建設の一つの焦点は、公用語問題だが、影響力の回復を狙う旧宗主国ポルトガルは、「インドネシア支配の清算」を図る独立指導部と結び付いて、実際に使われているインドネシア語を押しやり、ポルトガル語の公用語化を進めている。
しかし若い世代は、国際語としての英語を求めているのが現状だ。新垣さんは「琉球の言葉しか知らなかった祖父母は、戦争中の日本軍の仕打ちを憎み、戦後も日本語を嫌った。逆に公務員の父母は本土復帰を見越して、私に熱心に日本語を学ばせた」と振り返る。
新垣さんはその後、英語を身に付け、国連機関スタッフとして世界中を渡り歩く生活を選んだ。夫は同じ国連の米国人だ。「言葉を選び取るのは、結局は国家の思惑ではなく、国民一人一人の選択ではないか」と、新垣さんは考える。
■まだまだ少ない日本人
東ティモール独立では、日本は二億数千万ドルを出資する最大の援助国。しかしPKF部隊を含め一万人以上いるUNTAET要員のうち、日本人は十人、関連機関を合わせても二十人ほどと極端に少ない。NGO関係者も十人余りだ。
UNTAET最高幹部の一人として、開発・人道援助を担当する高橋昭・特別顧問(六一)=国際協力事業団参与、神奈川県出身=は、「若い人達は国連、NGOとも、特質を生かしてよく健闘している」と高く評価。その一方で「現場でより多くの日本人に汗に流してほしい。こうした貴重な機会を、国内でもっと積極的にPRする必要があるのでは」と指摘している。
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