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2000年12月22日のトップニュース
工場拡張で新車挑戦
キア・ティモール社
「国民車」の夢、消えた後
年間5万台で再出発へ
韓国とインドネシアの資本が参加、「国民車」の期待を背負って、一九九六年に設立したキア・ティモール・モトル社が二〇〇一年十月から、チカンペックにある工場を拡張、年間五万から七万台を生産する計画があることが明らかになった。産業貿易省のアグス・チャハヤナ金属・機械・化学局局長がこのほど、明らかにした。三月にはティモール車の組立生産を終了し、新しい乗用車の生産を検討している。ティモールのブランド名と会社名を変え、心機一転、年間四十万台のインドネシア自動車市場に再び挑戦する。
起亜社から派遣されている金文基ゼネラル・マネジャー代理は「アブドゥルラフマン大統領からティモールという車名を使わないよう要請が来た。すでに販売された四万台のティモール車は、今後も修理などのサービスを行うが、新しく生産される車は、まったく別のコンセプトに基づく」と語った。
金氏によると、拡張後のチカンペック工場では、当初、三種類以上の車種を合計で年間五万台生産し、うち三〇%を輸出する計画だ。
現在二十五人(韓国人スタッフは五人)しかいない従業員は、二年後をめどに工員を含め約三千人とする。部品の現地調達率は四〇%程度を見込んでいる。
工場拡張のために、五千万ドルの追加投資が必要となるが、五万台の生産を十年続ければ資本回収が可能だという。
キア・ティモール・モトル社は無借金経営を行ってきたが、スハルト元大統領三男のトミー氏が七〇%(韓国の起亜社は三〇%)の株式を保有していたため、トミー氏が所有していた部品会社のティモール・プトラ・ナショナル社とともに銀行再建庁管理下に入っている。
ティモール・プトラ社は五億二千万ドルの負債を抱え、テキスマコ社、チャンドラ・アスリ社と並んで銀行再建庁の三大債務者とされる。
ティモール・プトラ社がエンジン、トランスミッションなどの部品を供給、キア・ティモール社が組立を担当してきた。政府はまず、キア・ティモール社を銀行再建庁から切り離し、自動車生産を本格化させ、その後、五年以上の期間をかけて資本家を見つけ、ティモール・プトラ社を売却していく意向という。
ティモール・プトラ社は当初、トミー氏が九九%の株式を保有していたが、今年十一月、政府が六一・三八%の株を引き受けた。
金氏は、ティモール・プトラ社に数人の投資家が資本参加するとの情報について「まだまだ内部的に詰めなければならない点が多いはず。資本参加が本気かどうかは分からない」と語った。
金氏はさらに「起亜は中国、ブラジル、インドネシアに投資している。インドネシアでは、スハルト政権時代、特別なファシリティーと関係したこともあり、ビジネスを再建するしっかりしたベースがある。将来性を考えれば、期待の星の一つとだ」とつけ加えた。
起亜自動車
一九九七年、経済危機で経営困難に陥り、現代自動車の資本注入を受けた。現代自動車が五一%の株式を保有。経営権は依然、起亜経営陣が主導している。
学ぶ姿勢のトミー氏
世界貿易機構(WTO)でも問題になったティモール車戦略に初期の段階からかかわってきた金氏は、トミー氏との商談の機会が多かった。現在、行方不明のトミー氏について金氏は「会議の時はシャイだけど、まじめで一生懸命学ぼうという姿勢を感じた。ゴルフ場にはたった一人で現れるなど、自由な人間との印象を受けた。ホテルの洗濯物を入れるランドリーバッグに着替えを詰めて来たこともあった。生まれながらのプリンスという感じだった」と語った。
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