「さらなる協力関係を」 アリフィン駐日大使 (2017年04月10日)

Share (facebook)
このエントリーをはてなブックマークに追加 LINEで送る

 駐日インドネシア大使となるアリフィン・タスリフ氏(63)が9日、中央ジャカルタでじゃかるた新聞のインタビューに応じ、「経済だけでなく、人材育成、観光促進など、日本とのさらなる協力関係を築きたい」と抱負を語った。今月21日に赴任する。

 アリフィン氏は長く肥料会社に勤務、1986年から87年にかけて日本事務所長として1年8カ月滞在した。この時、互いに進出する際の手続きの煩雑さを実感したが、「日本側はシステムができているので、それほど大変と思ったことはない」と話す。大使の仕事の一つとして、インドネシアに投資する日本企業の現場の悩みを聞くことがあるという。「投資する人たちをがっかりさせないために、一人一人の声を聞いて、中央政府に報告したい」と述べた。
 大使への声がかかったのは、2010年から15年まで社長を勤めた肥料会社の持ち株会社、ププック・インドネシアを定年退職後の昨年。「もし、大使になっていなかったら小さな農園を経営していた」と話す。実際、西ジャワ州チアンジュールに農園を確保していたが、知人に委ねて日本に向かう。
 大使の目的は、経済協力の推進、投資の増加、日本からインドネシアへの観光客の増進があり、「まずは日本の人にインドネシアのことをもっと知ってもらうこと」と言い、「インドネシアでは投資や観光でも費用がいくらかかるのか、具体的に伝えたい」と話す。
 赴任が決まってから北マルク州のモロタイ島や北スマトラ州のトバ湖に足を運び、現地を見てきた。「これからスラウェシ島も訪問し、日本でインドネシアの魅力をアピールしたい」と述べた。インドネシアを知らない日本人に、インドネシアの魅力を一言で伝えるとしたら、との質問には「美しい国、そして安全な国、と伝えます」ときっぱり話した。
 小学5年から柔道を始め、大学時代に黒帯に。得意は「小内刈り、内股、背負い投げ」と日本語で答えた。肥料会社勤務時代には東カリマンタン州でサッカーチームを創立、トップクラスに育て上げ、1990年代には日本の横浜マリノスと試合をしたこともある。現在は水泳を欠かさないが、赴任後は長くやっていなかったゴルフを再開する予定だ。「日本の新しい友人はゴルフで作りたい」と笑顔を見せた。
 ラフマット・ゴーベル日本担当特使との役割分担について、「特使は文化、友好関係が主になる。目的は同じなので、協力してやっていきたい」と話した。日本人については「礼儀正しい人たち。コミュニケーションは難しくないと思っている。早く日本に行きたい」と話した。日本へは大学時代の後輩の4歳年下の妻と向かう。(田嶌徳弘)

 アリフィン・タスリフ バンドン工科大学で化学工学博士号。2001年、肥料会社ペトロキミア・グレシック勤務、10〜15年、肥料会社を傘下にする持株会社ププック・インドネシア社長。2女1男の父で孫4人。63歳。中央ジャカルタ出身。

インタビューに応じるアリフィン駐日大使=佐藤拓也写す
インタビューに応じるアリフィン駐日大使=佐藤拓也写す

このカテゴリの最新記事

本日のニュース一覧