【貿易風】「宗教冒とく」の帰結

 ジャカルタ州知事選は決戦投票に持ち込まれることになった。2月15日の選挙では、現職のバスキ・チャハヤ・プルナマ(通称アホック)が僅差で勝利したが、規定の過半数には届かなかった。4月19日の決選投票の相手は、前教育文化相のアニス・バスウェダンである。 
 こうした結果に、アホックの「宗教冒とく」騒動は、どのような影響をもたらしたのだろうか。 
 騒動で支持率が急落したアホックに代わってトップに立ったのはアグス・ユドヨノだった。国軍を退職して立候補した、前大統領の長男である。前大統領は「宗教冒とく」に抗議するデモを支援したともいわれている。 
 ただその人気は一時的だった。アグスはテレビ討論などで経験不足を露呈、失速した。一般に都市整備に手腕を発揮した現職の業績評価は高く、アホックは徐々に支持を回復した。アニス・バスウェダンの名も次第に浸透、アホックに迫った。 
 アニスはアラブ系で、外交官だった祖父は独立の英雄にも数えられている。30歳代でパラマディナ大学の学長に就任、2014年大統領選の候補にも取りざたされた。 
 アニスはこれまでリベラルな知識人だと見られてきた。しかし、12月2日のデモのあと、急進派のリジック・シハブと同席するなど、宗教色を強めた。世論調査によれば、アホックが「宗教を冒とくした」と考える人々は半数を超える。敬けんで、閣僚経験もある実力者のアニスが、ムスリム票を次第に固めた。 
 テレビ討論会の最後を締めくくる1分半のスピーチが象徴的だった。アニスは落ち着いた雰囲気で、アラビア語の宗教用語を多用した。異教徒の票は捨てたかのようにもみえた。 
 アホックは、実績をアピールしつつ、各町内会に補助金を配布するという公約を掲げたアグスを攻撃した。せっかく親が時間をかけて子どもを教育しているのに、無責任な親戚が小遣いを与えて台無しにしてしまう、という例えで、バラマキ政策を批判したのである。感情を抑制し、実に軽妙であったが、アホック嫌いの人々には、何をいっても届かなかっただろう。 
 他方、百戦錬磨の両者に挟まれたアグスの言葉は平凡で、印象の薄さは否めなかった。 
 2月15日の選挙結果は、過去の選挙と極めて類似したものだった。ジョコウィとアホックがペアを組んだ12年の州知事選、ジョコウィとプラボウォが競った14年の大統領選の焼き直しである。すなわち、アニスが制した126地区(クルラハン)の大半は、過去2度の選挙でジョコウィとアホックの対立候補が勝った場所でもあった。 
 選挙結果は、宗教や民族集団といった既存の社会的亀裂を反映している。したがって、アホックの失言がなくても似たような結果にはなったかもしれない。 
 ただ、接戦において「宗教冒とく」発言は重荷になっている。決選投票ではアグスの支持票の多くはアニスに向かうのではないだろうか。無論、投票日まで何が起こるか分からないが、アホックにとっては相当厳しい戦いになるだろう。(見市建=岩手県立大学総合政策学部准教授)

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