【貿易風】イスラムと笑い

 宗教冒とくやテロが世間をにぎわせると忘れてしまいがちだが、インドネシアのイスラムには笑いの要素が欠かせない。 
 金曜礼拝やさまざまな宗教の集会でも、冗談で聴衆を引きつけることができる説教師が人気である。イスラム専門の書店やモスクの脇でも、宗教書に並んで、ジョーク集が売られている。 
 笑いの質や重要性は、地域や宗教的傾向によって違う。ジャワと、スンダやマカッサルでは、前者の方が圧倒的に笑う場面が多いだろう。 
 ジョーク集はスーフィズム(神秘主義)に関連したものが多い。これはインドネシアに限らず、スーフィズムにはときに笑いを誘うような、機知に富んだ講話がつきものである。 
 故アブドゥルラフマン・ワヒド大統領は軽妙な語り口でその主張を展開した。本のタイトルにもなった「神を擁護する必要はない」というコラムが有名である。全知全能の神を不完全な人間が擁護するのは矛盾していると、彼一流の方法で急進派を批判したのである。 
 ワヒドが代表を務めたインドネシア最大のイスラム組織ナフダトゥル・ウラマ(NU)は、一般に穏健派と称される。 
 「NUお笑い路線(garis lucu)」は、ワヒドの考えを継承する匿名ツイッターアカウントである。笑いとともに、人権や他宗教との共存を訴え、5万8千人のフォロワーがいる。 
 「お笑い路線」は、「NU直線(garis lulus)」を名乗る、シーア派など少数者に攻撃的な急進勢力に対抗して作られた。彼らは、人権や他宗教との共存を左に曲がった路線だとみなす。 
 ツイッターに限れば、「お笑い路線」のフォロワーは「直線」の5倍近いが、フェイスブックで「直線」の更新を購読しているのは19万人にのぼる。 
 宗教や政治、社会問題を扱いながら、笑いを看板にしている人気サイトとしては、モジョック(Mojok、隅にいる、こそこそするの意)がある。ジョクジャカルタ在住の作家プストが運営、数十人のコラムニストが執筆している。 
 モジョックは重いテーマでも、どこかで笑わせてくれる。イスラム急進派の指導者や政治指導者についても、「冒とく」にならないように巧みにからかう。 
 ただモジョックでもフェイスブックでは3万4千人に留まる。各記事が長いので、読むのにはそれなりの忍耐力が必要である。知識人向けという点でも限界がある。 
 アホック知事は、これまでその実行力に裏打ちされた分かりやすく痛快な発言が人気を呼んできた。しかし、いつものように選挙民を笑わせるつもりの軽口が、「宗教冒とく」に足をすくわれてしまった。 
 その点、ジョコウィ大統領は笑いにおいても実にしたたかである。それが彼の人気を下支えしている、とすら筆者は考えている。インドネシアの政治や宗教現象の分析において、笑いの要素はあなどれないのである。(見市建=岩手県立大学総合政策学部准教授)

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