【貿易風】ジョコウィの問題解決法

 アホック知事の「宗教への冒とく」発言は、先月の本欄での筆者の見通しを超えて、大きな政治問題となった。
 11月4日のデモは、知事の発言への批判に加えて、知事のこれまでの強引な開発手法によって住まいを追われた貧困層やジョコウィ政権に事実上無視されているイスラム急進勢力が地方からも集結して、大規模なものとなった。政党や主要メディアは、貧困層や急進派の意見の受け皿として機能しておらず、路上における直接の行動に結びついた。
 さて今回の本欄は、デモや暴動そのものではなく、ジョコウィ大統領の対応を分析してみたい。一言で表現すれば、ジョコウィは今回「エリート主義」的な対応をした。
 デモの前には、2014年に大統領選を争ったプラボウォと対談、事後にはデモへの参加を規制した主要イスラム団体、さらに国軍と警察の司令部にも自ら足を運んだ。プラボウォとはデモ後にもう一度会っている。他方で、4日のデモ隊の代表者とは一切会わなかった。当日はデモによる道路封鎖のために大統領府へ戻れなかったと弁明しているが、その後も会っていない。
 デモはおおむね平和裏に行われていたが、大統領との面会を断られた後(副大統領らとは面会)、午後6時すぎになってから一部暴徒化した。
 ジョコウィは、急進派と会うことで、彼らの言動を容認するような誤ったメッセージを発することを忌避したのだろう。
 ユドヨノ大統領時代には、そのような事例がたびたびあったからである。その代わり、ナフダトゥル・ウラマやムハマディヤといった主要団体との連絡は緊密であった。
 ジョコウィは、初めての庶民出身の大統領であり、その親しみやすさとソロ市長時代からの「現場主義」が支持を集めた。大統領になっても、その手法は継続している。例えば、西ジャワ州レンバン県のセメント工場建設では、反対する住民組織と面会のうえ、中止を決定した。
 それと同時に、政治エリート間の権力関係にも敏感である。7月の内閣改造では、人気と実力を兼ね備えたスリ・ムルヤニ財務相を復帰させる影で、スハルト時代の国軍司令官だったウィラントを要職に就けて人権活動家らを落胆させた。同時にウィラントのハヌラ党からは閣僚ポストを削減して、新規に連立に加わったゴルカル党などにポストを配分した。
 11月4日のデモでは、後者の、エリート間の権力関係に配慮した対応をした。イスラム急進派への冷淡な対応も、彼らの要求が排他的な少数意見であれば、無視をするのも一つのやり方だろう。実際、政治的な緊張は収まりつつある。ただ、留意しておきたいのは、第1に今回のデモに参加したのはイスラム急進派だけではないということ、第2に主要イスラム団体が必ずしも末端の声をすくい上げていないことである。
 アホックの「冒とく」発言が、貧困層の不満や華人である知事に対する道徳的な反発を呼び起こしてしまったとすると、事はより深刻である。
 こうした人々の訴えがどれほど浸透し持続するのか、これが州知事選、さらには3年後の大統領選の行く末を左右するのかもしれない。(見市建=岩手県立大学総合政策学部准教授)

社会 の最新記事

関連記事

本日の紙面

JJC

人気連載

天皇皇后両陛下インドネシアご訪問NEW

ぶらり  インドネシアNEW

有料版PDFNEW

「探訪」

トップ インタビュー

モナスにそよぐ風

今日は心の日曜日

インドネシア人記者の目

HALO-HALOフィリピン

別刷り特集

忘れ得ぬ人々

スナン・スナン

お知らせ

JJC理事会

修郎先生の事件簿

これで納得税務相談

不思議インドネシア

おすすめ観光情報

為替経済Weekly