子どもの命守りたい 津波体験の教員が紙芝居

 「ここは私の家で、これが波」――。アチェ州バンダアチェ市にある津波博物館で3日、インドネシアの防災研究を続ける立教大学アジア地域研究所の高藤洋子さんらが中心となり、紙芝居を用いた防災セミナーを開いた。「世界津波の日」(5日)に向け実施され、地元の小・中学校の児童生徒や教員ら約100人が参加。教員たちは「子どもたちの命を守りたい」との思いで、実体験をもとにした紙芝居を作製し、防災教育について話し合った。 

 2004年12月26日に発生したスマトラ沖地震・津波で16万人以上が被害を受けたアチェ州で、バンダアチェ市は最も被害が深刻だった場所の一つ。被災者らは体験したことを真っ白な画用紙に描いていく。にぎやかな話し声や楽しそうな笑い声も響いた。だが、紙芝居の発表時には、涙をこらえながら物語を話す人、両手で絵を持ったまま口を結びうつむく人の姿があった。聞きながら涙を流す人もいた。
 同市内で教員を務めるスリヤニさん(56)は津波で娘を亡くした。「思い出すとあまりにもつらく、口にできない」と何度も涙を流す。スリヤニさんは津波発生から1カ月後、「あまりにも悲しい気持ちをどうにかしたい、とにかく書き記しておきたい」との思いで、自身の体験をノートに書いた。内容は今回、紙芝居として、同じ職場の別の教員が発表した。
 ノートは18ページにわたり、書かれていた。スリヤニさんは地震発生後、子どもを連れて家を出た。だが突然、木などを巻き込みながら黒い水が迫っているのが見え、急いで高い場所へ登ろうとしたが濁流に巻き込まれ、子どもとはぐれた。スリヤニさんは偶然、流れてきた大きな木につかまり、九死に一生を得た。
 スリヤニさんは「何十年経っても、アチェで地震が起き、津波が襲ってきたことを忘れてほしくない。話をするのはつらいが、子どもたちの命を守るために、津波の被害を伝えていかなければならない。紙芝居はとても良い手段だと思う」と語った。

■乗り越えて発信
 ワークショップ後には教員らから「10年後にアチェが津波に襲われたら?」との問いかけや、「避難訓練など防災授業を正式な教科の一つとして取り入れたほうが良い」などの声もあがった。
 会場ではアチェ口承芸能の継承者で語り部であるアグス・ヌル・アラムさんが、アチェ州シムル島に伝わる、津波が来たら高台に逃げるという口承文芸「スモン(津波)」や、「世界津波の日」制定の由来となった和歌山県広川町に伝わる故事「稲むらの火」の紙芝居を高藤さんと共に紹介した。
 高藤さんは「防災について考える機会が増える『世界津波の日』が制定されて良かった。今では皆普通に生活しているが、特にバンダアチェではほとんどの人が津波で肉親を亡くしている。それでも実体験を話してくれるのは、津波の経験を乗り越え、今では津波のことを世界へ伝えたいと考え、それを実践しているのだと私は思う」と話した。(毛利春香、写真も)

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