【貿易風】宗教への冒とく

 本紙でも報道されているとおり、9月27日にアホック知事が行った、コーランの一節を引用した演説が問題となっている。
 10月10日になって知事が謝罪したが、その翌日にインドネシア・ウラマー(イスラム法学者)評議会(MUI)が、アホックの発言が宗教への冒とくに当たるとの見解を発表した。同日放映された人気討論番組「インドネシア・ロイヤーズ・クラブ」でも激しいやりとりがあった。同番組の様子はユーチューブにアップされ、なかには閲覧回数100万を超えるクリップもある。
 アホックが言及したのは第5章51節「信仰する者よ、ユダヤ教徒やキリスト教徒を、仲間としてはならない。かれらは互いに友である。あなたがたの中誰でも、かれらを仲間とする者は、かれらの同類である」(日本ムスリム協会版、一部抜粋)である。
 日本語版のコーランでは「仲間」と訳されることが多い部分は、インドネシア語版では通常「指導者」と訳され、異教徒の政治指導者に反対する論拠に使われる。
 アホックの発言は以下のようなものだった。「みなさんは心のなかで私のことを(選挙で)選べないかもしれません。食卓章51節を使ったいろいろ(なキャンペーン)に騙(だま)されて。それもみなさんの権利です。地獄に落ちると騙されて、みなさんが選べないと思う。それも仕方がない」
 知事がムスリムでないことを利用した選挙キャンペーンを揶揄(やゆ)したわけだが、「コーランに騙される」と言っているようにも聞こえる。
 警察には訴追を求める複数の告発や陳情書が届いており、MUIなども捜査を求めている。
 インドネシアの刑法156a条は、公共の秩序に対する犯罪の一つとして宗教冒とく罪を規定している。ただ、何が冒とくに当たるかについては規定がなく、MUIなどの意見が参考にされる。
 保守的ないし急進的な一部のイスラム勢力は、近年宗教的な少数派に対して、現行の法制度を利用した圧力を強めている。イスラム政党が伸び悩み、また彼らの利益を反映していないため、直接の暴力や法的手段に訴えているのである。イスラム法の実定法化を求めるのではなく、既存の法的枠組みを利用しているところが特徴的である。
 宗教冒とく罪による起訴はその一つの手段である。スハルト体制期には、30年あまりで10件しかなかった156a条による起訴が、2000年以降は少なくとも37件にのぼる。
 12年には、マドゥラ島サンパンで起きた暴動の被害者であるはずの、シーア派指導者が宗教冒とく罪に問われた。「異端的教義で人々を騙している」として4年の禁錮刑を受けた。
 アホックが今回起訴されることはないだろうし、州知事選挙にも大きな影響はないだろう。しかしより弱い立場の人物や集団であれば、こうしたケースで起訴されることも十分あり得る。そしてそういう事件についての世間の関心は大きいとはいえず、司法も急進派の圧力に脆弱(ぜいじゃく)なのである。(見市建=岩手県立大学総合政策学部准教授)

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