気仙沼に元気いっぱい 震災後、初のガムラン演奏 インドネシアパレード 再開から5回目

 宮城県気仙沼市で7日、「インドネシア・パレード」が開かれた。東日本大震災後、2012年に再開してから5回目を迎え、ガムラン演奏も復活。漁業などの技能実習生として働くインドネシア人40人を含む約160人が参加し、色鮮やかなインドネシアの伝統衣装を身にまとい、商店街を練り歩いて元気を振りまいた。 

     インドネシア・パレードは6、7の両日開催された第65回「気仙沼みなとまつり」の街頭パレードの一つ。気仙沼商工会議所青年部を中心に街の活性化事業の一環として実施されてきた。バリのバロン(聖獣)やオゴオゴ(バリの悪霊をかたどった張りぼて人形)、オンデル・オンデル(ジャカルタ土着のブタウィの厄よけ人形)の山車(だし)も用意され、観客の目を楽しませた。
 東京のガムラングループ「スカル・ジュプン」が震災後、初めて参加した。6月には震災被害や復興の状況などを伝える気仙沼市の複合施設「海の市」でガムランのワークショップを開催。そこで演奏方法を学んだ旭が丘学園(気仙沼市)の小学生8人が、インドネシア人実習生と一緒に演奏し、その音色に合わせ同グループの踊り手が優雅な踊りを披露した。
 衣装や楽器の多くは震災時に波に流されてしまった。現在使われている100着以上の衣装は、震災後にインドネシアのライオンズ・クラブやジャカルタ・ジャパンクラブ(JJC)バリダンス部などから提供されたもの。3体の人形はコンテナで海を渡ってきた。パレードに使われたガンサやレヨン、チェンチェンなど、ガムランの一式は日本とインドネシアで募った寄付で購入された。

■実習生でつながる
 青年部の齋藤和代会長(48)は「気仙沼は実習生たちとつながっているんだなと改めて感じた。たくさんの方の支援をいただいて、晴れやかなパレードになった」と語った。インドネシアからの実習生は、仕事で荷物を渡しに行った時に、いつも笑顔で対応してくれる。齋藤さんは「素直なところなど、日本人が学ぶところが多い」と話す。
 実習生の多くは市内の水産加工場や道路建設などに従事。昨年6月から菅原工業(気仙沼市)で土木業の研修をしている中部ジャワ州クンダル出身のヌルさん(24)は、久しぶりにバティックを着て望郷の念に駆られた。「テドゥン(バリの傘)を持って歩き、沿道の人からかわいいね、いいねと声をかけられた。参加するインドネシア人も増え、日本の祭りに参加できて感動した」とパレードを楽しんだ。
 パレードに参加者したインドネシア人は、昨年に比べ16人増の40人。実習生同士で声を掛け合い参加者が増えたという。青年部事務局の齋藤倫也さん(21)は「12年のパレードは仮設住宅が立ち並ぶ中で規模を縮小しての再開だったが、気仙沼市民全体に力と勇気を与えられればとの思いだった。再開から5回目を迎えて参加者も増え、より活気強く、華やかになった」と語った。(中島昭浩)

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