【ジョコウィ物語】(18)ソロが生んだ国民車 中央への新たな「名刺」 (2014年12月01日)

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 ジョコウィの目は製造業振興にも向いた。ソロをあげて製造業の産官学連携を模索し、研究開発、人材育成の拠点として「ソロ・テクノパーク」を2009年末に設立した。ジョコウィがかじ取りを任せた1人が旧知の実業家ガンパン・サルウォノだった。
 「前市長時代にも工業振興案はあったが、産官学の話し合いがうまくいかなかった。ジョコウィが市長になると、進み始めた」とガンパンは振り返る。ガンパンは以前は事業を展開し、海外で事業をしたこともある。行政機構のなかで異色の存在だった。「こういう物事を進めるには経営者の考え方が必要だ」。ジョコウィが実業家の目線から市政を進めたことの表れだった。
 だが、ガンパンは船出のときに不安を隠せなかった。28ヘクタールの敷地を分割して、順次開発する計画だったが、与えられたのは一つの建屋だけだった。「後は自分で金を集めなさいと、ジョコウィは言うんだ。民間企業の方式だった。建屋だって塗装も済んでいなかった」。

■テクノパークの効果
 今ではソロテクノパークは内外の企業と協力し、人材育成を主眼に置いて運営している。9カ月の工員養成コースを設け、学生の工場実習を行う。敷地には余地があり、ジョコウィの夢は半ばだが、ガンパンはテクノパークが製造業を興すひな形になればいいと考えている。「工業は雇用を生む。貧しい農村の人々の行き先をつくれる」。
 このテクノパークから全国を揺るがすものが誕生した。国立ソロ職業訓練第2高校と地元企業キアット・モーターがテクノパークと協力して開発した乗用車「キアット・エスエムカ」。2011年にジョコウィがソロ市の公用車に採用。「ソロの高校生がつくった『国民車』」とのイメージに報道がわきたった。
 国民車・エスエムカは105馬力、排気量2千CC、部品の8割は国内産の多目的車(SUV)。国民車にはドイツのフォルクスワーゲン、インドネシアのライバルのマレーシアにもプロトンの例がある。インドネシアでも96年に故スハルト大統領三男トミーが韓国自動車メーカーと組んで「韓国製の国民車」ティモールを販売したが、とん挫した。
 エスエムカで全国の目がソロに向き、「露店商市長」に加わる、ジョコウィの新しい名刺になった。12年2月、エスエムカのバンテン州タンゲランでの排ガス試験。ジョコウィはジャカルタのマスコミを回り、エスエムカを売り込んだ。この頃から12年7月のジャカルタ特別州知事選にジョコウィの名前が上がり始めた。

■水中溶接に秘めた野心
 ガンパンはジョコウィが大統領選のさなかに打ち出した「レフォルシ・メンタル(精神革命)」が製造業振興の鍵になるとみている。「時間通りに作業を始め、勤勉に物事をこなす。精神革命は製造業にも通じる考え方だ」。
 テクノパークでは水中溶接を学ぶための専用のプールや設備がある。ソロには海はなく、船舶修理の必要はなさそうだ。
 ジョコウィは海洋国家を掲げている。海洋国家には水中溶接などの船舶修繕技術が必要だ。ガンパンは「ジョコウィは最初から大統領になるつもりだったのではないか。水中溶接講習がその野心の現れだ」と冗談めかして言った。(敬称略 吉田拓史)

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ジョコウィは排ガス試験に向かうエスエムカに乗って目抜き通りをパレードした=2012年8月16日、アンタラ通信
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ソロテクノパークを切り回している業務部長、ガンパン・サルウォノ=吉田拓史写す
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