【火焔樹】泥棒に追い銭 (2014年01月17日)

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 物がよくなくなる。去年1年間でラップトップパソコン、デジタルカメラ、携帯電話、メガネ、デジタル録音機等々、いろんな物がなくなった。車までなくなった。さすがにこれには驚いたので、新しい車にはハンドルに鍵をかけて持っていけないようにしたが、スピードメーターが取り付けてあるダッシュボードがそっくりそのままなくなった。
 小さな物なら、うっかりしてどこかに置き忘れてきたかもしれないが、車になると穏やかではない。泥棒がたくさんいるようだ。日本にだってまだまだ盗みを働く人がいるのだから、貧富の差がこれだけ激しければ、仕方ないと思わなければいけないのか。
 インドネシアの人は泥棒に遭遇すると、「何か困ったことがあるのか」と泥棒に入った理由を問いただす。そして必要なお金を渡して帰ってもらう。日本なら「泥棒に追い銭」となるところだが、インドネシアでは、追っ払った泥棒のこれからの人生の更生を祈る。
 映画「レ・ミゼラブル」の一場面で、無実の罪で強制労働を強いられている主人公が脱走するシーンがある。神父の家に逃げ込み、挙句の果てに一家を襲って盗みまでして逃走したもののすぐに捕まり、神父の家に連れて来られた時に、神父は「この人のことは知らない」と証言した。そこで神父が「こいつが犯人だ」と言えば、強制労働に逆戻り。主人公は泣きながら改心し、その後大富豪となっていく。
 東京の学生時代、教会の2階に下宿していた。ある晩、泥棒が入った。主の神父は警察に通報し、泥棒は連行された。その時のインドネシア人留学生の言葉「神父のやることじゃない」。KPK(汚職撲滅委員会)に捕まる大物ならいざ知らず、こそ泥程度なら許せる器は持ちたいものである。(会社役員・芦田洸)

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