【火焔樹】文字が書けない (2013年11月07日)

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 レバラン(断食月明け大祭)休暇期間のためのメード2人がランプンからやって来た。仕分けのために、洗濯物の種類をノートに書いてと頼んだら、書けないと言う。ただアルファベット26文字を覚えればいいだけのインドネシア語が書けない。私は少し面食らった。33年前に来た頃は、文字が書けないと言っても、それほど驚かなかった。途上国の現状かと、そんな風に思って、ノートを買って来て教えてあげたりした。
 でも、このメードたちはインドネシアで義務教育が施行された後に生まれている。しかし、小学2年生で両親が亡くなったり、兄弟が多いため、自身は学校を諦めたりするなど、それぞれの生い立ちがある。「文字が読めないとだまされるわよ」という私に、だまされるお金がないと答える。
 英語のような難しいつづりのない、現代表記になってより簡単になっているインドネシア語を母国語とする彼女たちがなぜ、ただシャツ(kemeja)とかタオル(handuk)などの簡単な言葉が書けないのだろうかと思ってしまう。
 行き着くところはどうせ台所、という考えがあって田舎の女性はあまり上の学校を目指さないと言う。中等教育を受けているメードは少ない。イスラム圏へ行った時、女性は男性に比べて英語があまり話せなかった。
 パキスタンではマララ・ユスフザイという少女が女性や貧困層の学問の権利を訴えてタリバンに狙撃された。一命を取り留めた弱冠16歳の彼女は国連で「本とペンが武器なのです。教育が問題を解決するのです」と、堂々と訴えた。
 現在、世界でいまだ5700万人の教育を受けられない子どもたちがいると言う。世界の貧困と教育の問題が、インドネシアの現在の私の近くでも存在している。彼女たちがいる間だけ、少しの文字の練習を行ったが、インドネシアにおいても、教育面でいろいろな対策が必要とされていることに、今さらながら驚いたレバランであった。(ゲストハウス経営・平井邦子)

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